キリ雪キリ②

深雪って、まずそう。
そう彼が呟いたのは、昼下がりの晴れた日だ。
日ざし差し込む骨董品店は、埃がちらちらと舞い掃除をせねばと思っていたところだった。
年末も近い冬の昼間。皐月乃は経理の書類を片付けていたはずだ。
突拍子もない言葉に棚の小物の数を数えていた頭を向けると、皐月乃はにやりと笑って人差し指をとんとんとん、と机でリズムでもとるかのように弾ませる。
「顔色悪いし。血行も悪そうだし。死んだ魚みたいな目してるし。傷物だし。あ、傷モノにしたのはぼくだけどね」
あはは、と一人で納得して笑っている皐月乃に胃が痛む。とんだブラックジョークもいいところだ。ああ、アルコールで流してしまいたい。
「……突然、何だ」
やっとのことで返事を絞り出し、ため息をつく。こういうことは良くあるのだ。彼は気分屋で、俺をからかうのが好きなのだ。
「映画見た。海外の、グロいやつ」
「……それと、俺に何の関係があるんだ」
「最初は綺麗な衣装が見たくて見始めたんだけど」
つまりは、こうだ。
美しい処女ばかりを狙うこれまた美しい人喰いが、がぶりがぶりと乙女を食べ散らかし最後には成敗される映画だという。
「その可哀想な被害者はお姫様をイメージした名前がついてて、その中に、スノーホワイトちゃんがいたんだよね」
深雪とはぜーんぜん似てないけど。と口角を上げる。
「その茶化され方はいい加減慣れたから特に何とも思わないぞ」
「知ってるから言ってるー」
と、皐月乃は椅子から立ち上がりうろうろと俺の側に寄ってくる。
「あ、でも」
皐月乃の細い手の指が、突然首筋を噛みつくように鷲掴む。
「深雪は食べるとこがいっぱいあるから、お腹いっぱいになれるかな?」
耳元に、囁かれた声色は悪魔のようで。
「……っ!!」
咄嗟に身を引くと、皐月乃は元の調子でがーぶがぶ、と変な節をつけて笑いながら椅子に戻って行った。
一瞬のことに、早鐘のように鳴る心臓を抑えながら、冷たい指先の触れた頸がいつまでも熱いのを感じていた。