新納崎保 自撮り(R18)

時刻は、25時を回った。
終電が行ってしまったな、と饐えた頭にぼんやりと浮かぶ。
近視用レンズの向こうには、数字と数字と書類と書類。
はあ、と崎保は深くため息をついた。

支部の残業は終わりが見えない。
辰巳は任務で出張に出ており、今は自分が留守を守っていた。
このようなことは初めてではないが、今日はいささか配分を間違ったとしか言いようがない。事務仕事を溜めて集中して夕方片付けようとしていたところに、飛び込みの事務仕事が何件も飛んできた。
UGNも忙しいとはわかってはいるが。もはやかりそめのカヴァーではなく本腰を入れて様々なR案件をエージェントとしてこなすことは、すなわち多忙を意味する。
何杯目かもう数えられないコーヒーと、一瓶空にした角砂糖。
ぐったりとうなだれながら、気分転換に顔を洗いにでも行こうと席を立った。

顔を洗おうと向かったカフェの来客用の化粧室で、ふと端末の通知ランプが光っていることに気づく。
そういえば23時あたりからひっきりなしに通知が来るものだから、断腸の思いでデスクの引き出しに突っ込んでいたのだ。
通知の主は――新納だ。
21時くらいまでは、一緒に作業をしていた。
しかし、元はと言えば自分の業務であるからと半ば無理やり帰宅させていたのだった。
その時の見積もりではあと1時間もあれば終わるだろうと思っていたのだが。
寂しがっていないかな。いや……十分寂しがっているな、と仔犬の鳴き声を聞く飼い主の気分で帰宅を待ちわびるメッセージをスクロールする。
――その中で。最新のメッセージに添付された画像に端末を取り落としそうになった。

捲られたシャツの下に広がる白い肌。鼠径部のへこみが下着のはみ出たボトムスへと流れる。影の落ち方から、どうやら自分で撮ったらしいことがわかった。
「な、に、送って……っ!」
思わず独り言をこぼし、慌てて画像を閉じる。
メッセージには「あらしさんへ」としか書いてない。
動悸のする胸を抱え、誰もいなくてよかったと一人深呼吸をした。
まったくどういうつもりで送ってきたのだろう、そう思いつつ手が画像を再度開いた。
馬鹿なことはやめなさい、そう言って叱る材料のために視線を落とすと――、疲労にぼやけた頭が、今度は全く違う情報処理に向かったらしい。
白い肌に走る薄い傷跡。重なる火傷の痕、浅く色づいた胸の先端、筋繊維の薄い丘陵。
自分を撮るために伸ばした姿で見切れる腕が、こちらに延びているように――腕の中に抱くように。
そこまで情報が想像を呼び起こし、ずくりと下腹部が熱くなる。
いつの間にか自身に血が集まっている事に気づき、慌ててトイレの個室へと逃げ込み鍵をかけた。
(これじゃ、まるで……)
顔も見えない、下半分も見えない。胴と腕だけのその半裸の映像は。
――抱かれているとき。自分がいつも見上げている視界だ。

ベルトを外し、スラックスを落とす。
自分でも、理性が疲労に侵されているのを感じる。
ボクサーパンツを押し上げる根を解放すると、待ちわびて震え脈打つ。
疲れマラとはよく言ったものだ。半ば自嘲気味に、しかし確かに熱に溶けた瞳で見下ろして緩く握る。
視線を端末の画像へ戻し、唾液を呑み込む。
「…っ、はっ……」
その傷跡を撫でた皮膚のざらつきを。焼きつけられた痛みを舐めて慈しんだ汗の味を。
引き締まって痩せた腹部の下にあるはずの欲を。
打ち付け、揺さぶられる感覚を。延びた腕の下に抱き留められ、精を何度も吐かれてそれでもなお止まない熱病を。
先走りで潤滑を得た自身を何度も擦り、尿道口を指先で弄ぶ。括れを指の輪に通す時に引っ掛けるように緩急をつけると声が漏れる。
支部の中で、こんなことを。居住用の部屋ではあの子たちも眠っているというのに。
背徳が脊髄を走った時、画像の中の腹が上下する姿すら見えているかのような錯覚に陥る。
もっと、もっとほしい、飢えた舌が生む唾液を必死に呑み込み喉を震わせる。
すっかり慣れて快楽を覚えた後孔が欲しがって触れてもいないのに虚空の肉壁を締め付ける。竿を握り摩る手のひらが、彼の白い手に変換される。
シャツの下の乳首はもう張りつめて擦れ、甘い刺激を送る。
射止められたように液晶の向こうの愛し人の画像から逃げられない、上り詰める快楽に脚が震える。
――そのとき、通知音とともに『新納 明』と。画面の上部に最も求めていたものの名が無機質なゴシック体で流れ込む。
「ぅ、あっ……!!ぅ、くぅ、っは……っ!!」
突然の情報が脳に叩きつけられ、故障した快楽神経が絶頂を強要する。受け止める暇もなく白濁を便座に零し、唇を噛んで脳髄を塗りつぶされる感覚を内側に封じ込める。
「っふ、はぁっ、はぁっ……、新納」
ぐったりと壁に背を預け、どろりと溶け往く意識をつなぎ留めながらなんとか画面を見る。
『何時でも、待ってます』
その文字を確認して――、小さく唇が微笑んだ。
「今すぐ、帰るから」
呼び起こされ閉じ込められた飢えが、腹の奥にまた灯った。