新納崎保 ハッピーホリデー

シャットダウンを確認し、ようやく一つ伸びをした。
時刻を見ると19時ごろ。まあ、そこそこの仕事納めではなかろうか。
他の職員達には少し前に退勤を促しておいた。
一緒に残ります!ってごねていた若干一名には、帰って美味しいご飯を食べなさい。と追い出した。
スマホのメッセージアプリには「張り切って作ります!」というメッセージとガッツポーズしたよくわからないキャラクターのスタンプ。よしよし。と、微笑みがもれそうなところをなんとかしまいこみ、上司に仕事納めの報告へ向かった。
「……随分と機嫌が良いな」と辰巳はくす、と笑った。朴念仁の能面に思われがちな幼馴染は、こう見えて表情豊かだと思うのは身内の贔屓だろうか。
「仕事納めが嬉しくない社会人なんていないよ」
と、肩をすくめた。UGNに年末も何もないが、こういうのは気分だからね。
「そういえば、今日は間食をあまりしていないな。珍しい」
ぎく、と少し目を逸らした。支部員の住居など辰巳はとっくに知ってはいるだろうが、それはそれとして浮ついていることに気づかれるのは恥を感じる。
「あー、寒いからかな?それにほら、辰巳だってもうすぐ忘年会だろう」
寒いのと忘年会と間食になんの関係が……?と混乱させたところで、じゃあ、良いお年をと支部から飛び出した。
真っ直ぐに帰ってやりたい。きっと可愛い部下で恋人は腕によりをかけた年末のご馳走を作っているはずだ。そのための買い出しも一緒に行ったので、何が出てくるか推理するだけで舌が待ち遠しくて仕方ない。
降雨の夜景に自動車を走らせる。ふと信号待ちのときに小さなパティスリーを見かけた。
ああ、クリスマスが終わっても綺麗に飾っているものなんだな。今年のクリスマスは食事に連れて行ってあげたから家ではあまりしっかりしたケーキを買わなかった。
ふと思いついたことを実行すべく、ウインカーを点けて自宅とは逆方向へ曲がった。

「あらしさん、おかえりなさい!!」
マンションのドアを開けると、思っていた通りルンルンと音が鳴っていそうな新納が出迎えた。飛びつきたいくらいのところを我慢している可愛い子犬をコートを脱ぎながらただいま、と撫でる。
新納も先ほどまで使っていただろうエプロンを脱いで、冷めないようにしていてくれたご馳走を皿に盛り付ける。
予想通り、ローストビーフにポテトサラダ、クリームシチューにはクルトンも浮いている。
「おかわりもあるっすからね〜」と、大きな鍋と保存容器も見せてくれる。
食事の豊かな香りに頬が緩む。飛びつきたいのはこっちも同じだったのかもしれない。
早速席につこうとしたところで、手元の荷物のことを思い出した。
「そうだ、新納。これ」
と、綺麗な模様の入ったビニールを差し出す。
机の上でガサゴソと開けると、白い箱が出てきた。
「クリスマスは過ぎたけれど、いつ食べても良いものだと思ったからね」
さて、新納はどんな顔をするかな。はしゃぐか、早く開けてとせがむか……と、表情を見たらどこか変だ。
もじもじと何か言いたそうな、失敗に気づいてどうしたもんかとしているような……。
「あ、新志さん……それ、ケーキ、っすよね……?」
気まずそうに伺う新納に、流石に不安が過ぎる。そうだよ、と頷くと新納は頭を抱えてあ〜!と唸り始めた。
「どうしたの、何か困ったことがあった……?冷蔵庫のスペースは考えてきたつもりだけど……」と、冷蔵庫の扉を開けようとする。待ってください!と腕を伸ばす新納の手より早く、がぱと扉を開けてしまった。
「……ケーキ?」
冷蔵庫の真ん中、一番広くて一番いい棚に……丁寧に作られたホールケーキが鎮座していた。朝にはなかったし、買い出しにそれらしき材料もなかった。ただ、どう見ても手作り。それも手によりを掛けた渾身の作品だ。
「ああ〜……。そう、そうっす……びっくり、するかと思って……」
がっくりと肩を落としている姿はさながら耳を垂らした子犬だ。そう。自分たちはお互いサプライズをしようとして、同じことをしてしまったのだ。
どう慰めようかと悩みながら、ひとまず冷蔵庫からケーキを出してみる。本当に立派にできている。もう少し小慣れたらカフェに出せるのではないか?
「大丈夫、どっちも食べればいいから。新納が頑張って作ってくれたケーキなんだから美味しいに決まってるさ」
新納の頭を撫で、自分のケーキの箱も開けてみた。なんなら、自分が手作りケーキを食べ、新納には買ってきたケーキを食べてもらったって良いのだから。
「あらしさん……」
撫でられて少し元気を取り戻したのか、二つ並んだケーキを見にきた。やっぱり見劣りしちゃうっすね……と呟きかけた口が、あ。と開いた。
「新志さん!えっと、これ!これ見て欲しいっす!」
新納が交互に指差した二つのケーキ。デコペンやアイシングで飾られた模様をまじまじ眺めてみた。
……買ってきたケーキには赤い木苺がクリームに散りばめられている。半分はマンゴーのような黄色いソースがテーブルクロスのようにあしらわれている。
手作りのケーキには、青や赤や翠に黄色、様々な砂糖菓子のフレークがまぶされ、アイシングで丹念に作ったであろう四葉が咲いていた。
「これ……俺を?」
ぱちくりと瞬きして、二つのケーキを見比べた。
「新志さんのケーキも……なんか、俺っぽくないすか!」
「……ここまで、同じことを考えていたなんてね」
ふふ、と思わず微笑みが溢れる。目を輝かせている新納の肩を抱き、かろやかなキスをした。
「食べようか。ご馳走が冷めちゃうよ。それに……二つのケーキは、二人で食べたいからね」
ぎゅーっと、このまま抱き潰されてしまいそうな勢いで喜ぶ可愛い恋人を見上げ、年の瀬の休日を二人で過ごせる喜びを噛み締める。
まあ。ハッピーホリデー、ってやつかな?