「プロセラルム可能態」5 R18

Ⅴ パトリック・リード

俺が両親に見限られたのは、多分四歳の頃だっただろうか。
魔女の娘だった母を救うため、父は騎士として魔女を殺す子を育みたかった。才能を求めた両親にとって、俺はとても不満足だった。
そして、弟が生まれた。弟はブライト、光り輝く子と名付けられた。
両親は、弟の成長を待たず次々に子供を作った。また俺のように育つのを待ってから才能が無いと知るのでは育成が間に合わないと踏んだのだろう。
子どもたちはみな騎士になるために育てられた。
そして、ブライトが育ち才能を輝かせていくに従い俺のことは不要になっていった。
俺の人生は、四歳からの数年間にして両親から失敗だったと烙印を押された。
皮肉なことに、俺は両親が大好きだった。……そう、俺はいつか親になりたかった。
誰かに子を産ませて、自分の血を分け与えた生き物の人生を造形してみたかった。両親のように。
だから手始めに、弟の人生に手を加えた。
婚約者との幸せが自分を騎士たるものとするのにふさわしくないのではと悩む次男のために、婚約者は魔女だという噂を流した。
自分は騎士にはなれないと悩む三男に、両親の財産の一部を家を出るための路銀として握らせ帰る家を封じた。
立派な騎士の次兄のようになりたいと悩む四男のために、次男の拠り所である婚約者と引き合わせ恋に落とした。
呪われた者に欲望を抱く末弟のために、人智を超える存在と引き合わせた。
皆、人生の色を美しく変えていった。たまらなく面白く、愉悦で胸を満たされるような思いだった。
澄んだ水にインクを垂らしたかのように、弟たちの人生は負荷逆的に変容し、その魂を狂わせていった。

ある日、俺は琥珀の森で命を落とした。背後から魔物に襲われ、なんとか逃げ出すも失血によって誰もいない袋小路で意識を手放したのだった。
森の中で目が覚めたとき、俺は寸でのところで一命をとりとめたのだと思った。
麓に降りて驚いた。
そこに広がるのは、見知ったアスラーガの風景ではなかった。砂漠と、そこに旅する恐ろしく小柄な異種族の群れだった。
行商をしているらしい、俺の背の半分もないような老人は俺の言葉を聞いて首を捻った。
しかし、一言二言話をしているうちに頭の中で単語が流れ込んできた。頭の中に聞こえる音をそのまま発音すると、老人は安堵したようにここはカンドールの砂漠だと教えてくれた。老人は、行商の荷台に乗せてもいいと呟いた。俺の気が違っているのではと訝しむような目ではあったが。
空の荷台の上で老人と話をしているうちにわかったことがあった。老人の言葉は一度聞き取った後に頭の中で変換されているようだった。老人の種族はブラニーと呼ばれ、商業と工作に長けているらしい。俺のような姿に一番近いのはアースランという種族。わざわざ限定して話すのだから、恐らく他の種族も存在するのだろう。
そして、なによりこの世界にも世界樹があり、冒険者がいるという事実だった。
それはある意味この奇妙な状態を理解するために最も役立った情報だった。恐らく、俺は世界樹によって飛ばされたのだ。琥珀の森の世界樹は、不可思議な仕掛けが多くあった。その中には、一瞬にして人や物を転移するようなものもあったはずだ。その先が遥か遠いところになったとしても不思議ではない。
辺境の集落に着いた俺は老人に礼を言うと寄る辺のないまま次にすべきことを考えていた。戻る方法はあるのか。もう一度死ねば戻れるのか。しかし、自分の降りてきた世界樹に再度行きたいと言うと村人は揃って首を振った。簡単に入ることのできないところだと皆口をつぐんでいた。
俺は生きるために傭兵となった。自分の出来ることに最も近いことだったし、傭兵という立場は流れ者にも便利な身分だった。境界の警備に着き、この世界のことをもっとよく知ろうと考えていた。
そして、伴侶となる者を見つけた。
きっかけは、ノーシュとの出会いだった。
ノーシュは、アースランの傭兵だった。長い前髪を真ん中で分け、明るく人好きのする笑顔をいつも絶やさない青年だった。
彼はとても好かれる人間であった。事実、とても熱心で快活で、友人として理想的なタイプだっただろう。……歪んだ性的嗜好を除けば。
彼は大人の女を愛せなかった。彼の興味の先はもっぱら初潮を知らない少女か、声の変わる前の少年のみだった。人気者の彼は酒場で女に言い寄られることも少なくはなかった。しかしその度に笑いながらあしらっていたのだった。人々はそれを彼の誠実性だと思っていたようだが、実のところは大人の女に恐怖していたに違いない。
傭兵として行動を共にすることが多かった。そして、治安の安定しない境界付近では子供を保護することもあった。
目に見えて瞳の光が変わっていた。子供に笑顔を作り手を差し伸べるノーシュの姿が、俺には涎を垂らした獣のように見えた。俺の口の硬さを測りかねて目の前のご馳走を堪えている彼に、俺は分前なのだから好きなようにすればいいと言い放った。人気者の澄んだ瞳が血走ってぎらぎらと光った。歪んだ笑みで恩に着るよと呟く彼は、ただの一匹の猛獣だった。
そんなことを繰り返していくうち、彼は欲望を俺に隠さなくなっていった。俺には小児性愛の趣味はないので寝るか、眺めるか、せいぜい要請に応じて手足を抑えるくらいしか手を汚すことはなかったが、次第に面白いことに気づいた。
彼の欲望をぶつけられた少年少女、そして何も知らず紛争地帯から子供が保護されたと思っている家族、それらの屈折した姿はまさに人生の変容の瞬間の色をしていた。あんなに泣き叫んでいたのに、親の前では酷い傷を隠して丸めた紙のような笑顔を作る子供。死蝋のような顔でこくこくと大人の言うことを頷き続ける子供。そして、何も知らず奇跡の実現に酔いしれ感謝の涙を流す大人たち。
彼といると、簡単に人生の変わる瞬間が見られる。
俺はノーシュをとても気に入った。ノーシュとともに、身を粉にして戦い、そして獲物を定め手中に収めた。
ノーシュはとても喜んだ。今までのように一人ですべてを実行するのはとても骨が折れるからだ。こんなにも満たされる日々が来るとは思っていなかった。そう言って陽光のような笑顔で俺の肩を組んでいた。
そうして過ごしていたある日、ノーシュが一人の少女をこちらに差し出した。
小さな体躯から少女だと思っていたが、その実体格はブラニーの種族的特徴であり、実際には成人女性だったというのであった。
小さな体ならなんでもいいというわけでは無いらしく、他にも気に入らない点があったのか興味を無くしたノーシュは、たまにはお前もいい思いをしたらどうだと持ちかけてきた。
俺は逡巡した。ノーシュのような歪んだ趣味は無い。殺すのは始末が面倒だが、無傷で帰して通報されては叶わない。何せこんなにも小柄ではあるが、知恵のついた大人だ。
なにより、彼女の態度が気になった。犯されるか殺されるかの相談をしているというのに、真っ直ぐ俺を見つめ騒ぎもせずただ黙っている。
ふと、かつての自分の願望を思い出した。もとよりこんな暮らしをしている以上不可能だと思っていたことだった。
俺は彼女に告げた。
伴侶になり俺の子供を生む気はあるか?

彼女の腹が大きくなるに従い、俺の興味も日に日に膨らんでいった。
俺の半分以下の背しか無いブラニーにとって、アースランの子というのは負担が大きいらしい。彼女の小さな揺りかごと胎盤は、栄養を貪欲に欲し育つ胎児に疲弊していた。
女児が生まれたら俺に貸してくれ、そう言いながらノーシュは変わらず戦場に出ていた。俺は異種族の多い街がこの奇妙な夫婦が暮らすにはいいだろうと判断し、アイオリスの郊外に小さな住居を借りた。式は上げなかったが夫婦として登録し、俺は夫として消耗していく彼女の希望をなんでも叶えるため奔走した。
その頃には半定住するような形になり、傭兵としての仕事より専ら街の警備や冒険者たちの欠員補充の仕事に変わっていった。街の周辺で働くに従い、ノーシュと顔を合わせることも減っていった。
だから、ノーシュの消息が途絶えたことにも気づくのが遅くなった。ちょうど妻の臨月ごろだった、というのは言い訳だろうか。
暫くして、遠く離れた土地で荷物を奪われたノーシュの遺体が見つかったと連絡があった。
彼は俺の貸した小さなナイフを持っていた。ノーシュの遺体は損傷が激しく、身元がわかるものがほとんど奪われていた。ナイフの刻印に俺の名前があったため、生きている俺のもとに連絡があったようだった。
その日から、俺は失った友人のことを考え続けた。

場所は四階層にした。
この迷宮を訪れたときに、水晶に囲まれた部屋があったと記憶していた。ここならば、誰にも邪魔はされないと容易に想像がついた。
ギルドのリーダー…ハイネ。俺は彼が鎧を脱いで置くところをあまり見たことがなかった。彼の犬……スプートニクが執事のように身辺を世話し、装備品の手入れをすべて請け負っていた。
転機は、リーダーが負傷した時だった。アンデッドキングとの戦いで、リーダーもスプートニクも酷い重症を負った。糸を使いなんとか街まで戻ったものの、俺たちは直ぐに治療施設へ運ばれていった。比較的怪我の少ない俺をギルドメンバーの代表だと勘違いしたのか、仲間の荷物を預かることになった。外された鎧や剣は冒険者の貴重な財産だ。預かったものを宿まで運ぶ荷造りを終え、ふとリーダーの鎧の内側に目がいった。普段は見ることのない内側。白銀の使い込まれた鎧には、……ノーシュ、と刻まれていた。
ボイセンの呼んだノーシュの死霊は、己を殺した者の特徴を告げた。
確信へと変わった予想は、計画となって形を作る。いつもはあの犬が厳重に警備しているリーダーが、今日に限っては無防備に空き部屋のソファで眠っていた。目覚めぬよう細心の注意を払って拘束すると夜の闇に紛れて磁軸を使った。魔物が出ないようにと手はずを整えてはいたが、それでも邪魔が入らなかったのはリーダーにとって不幸中の幸いだっただろう。
なにせ、もし魔物の邪魔が入ったら眠るリーダーを投げ出して魔物の餌にしても構わないと思っていたのだから。
目を覚ましたリーダーは、はじめ状況がよく理解できていなかったようだった。身体を動かそうとして、自らを縛る縄に訝しげな目を向けた。しかし、その微睡みも目の前の男の影を見て一瞬にして覚めた。
明らかに、目の前の死霊に怯えていた。黒髪を真ん中で分け、よく知った鎧を着たその男を知らないはずがなかった。
「ノーシュ、お前を殺したのは誰だ」
わざとよく聞こえるように声を張り上げ問いかける。哀れな小兎は、震えながらこの場から逃れようと身を捩っていた。
「間違い……ない……この、少女だ」
空気を震わせるような声が水晶に反響する。文字通り地獄からの声なのだろう。かつての人好きする笑顔が嘘のような死霊は頭から血を流し芋虫のような少女を指差す。
「そうか、女だったのか。だから殺されたのか。なあノーシュ、お前はこいつをどうしたかったんだ?」
死霊は何も答えない。水晶に反響する自分の声が愉快で、喉の奥からこの場に似つかわしくない笑いがこみ上げて来る。
「食べそこねたストロベリーパイが、そこにあるよな。俺には小児性愛の趣味はないが、今のお前なら……丁度食べごろだろうな」
人生の至上の悦楽。ノーシュを失い、妻が去った今久しく感じなかった歓びが胸に満ちていく。そう、俺が今までずっと求め続けているものが目の前にある。
「お前の人生を、壊してやるよ」
……パーティの時間が、始まるのだ。

拘束されているとはいえ、第四階層まで辿り着く実力のある冒険者だという認識はあった。だから、まず動けなくなるまで殴った。鎧のない柔らかな腹部を蹴ると、少女は胃液を吐き出し喉と口腔を酸で焼いた。はじめは許しを乞うようになにか弁明を吐いていたが、数度横隔膜の辺りに拳を埋めるとすぐ静かになった。いや、荒い呼吸と嘔吐以外できなくなっていた。
作業を進めながらたまに抵抗が強くなる度、お前は俺の親友を殺したと囁いた。
抵抗はもう無くなったが、縄の隙間から服をたくし上げると目に見えて怯えが強くなった。
「ノーシュのときも、こんな感じだったか。怖かっただろう?自分がなにをされるか、わからなかっただろう」
敢えて優しい声色を作り耳元で囁くと、少女は固く閉ざしていた瞼を薄く開いた。もしかしたら許されるかもしれない。その淡い期待が長い睫毛の隙間から覗かせていた。
「……今度は、無駄だ」
腕を伸ばして、その僅かな期待ごと首を絞め上げた。酸欠と鬱血で白い顔が淀んだ色に変わっていく。呼吸を求め限界まで開かれた目が畏れをもって俺を見ていた。
落ちるぎりぎりまで締め上げ、寸でのところで解放すると嗚咽とともに彼女の目尻から涙が伝った。愉悦感と、愚かな生き物を見ているときの冷静な視点が共存し、狂った昂りとなって血を巡らせる。
馬鹿なことをしないように片腕を締め上げたばかりの首に添えたまま、俺は乾いた彼女の中心を貫いた。
強い抵抗感と、何かが切れ潤滑を得る感触にノーシュは本当に仕損じたのだとわかった。
固く閉ざされ異物を拒絶する隘路をお構いなしに往復すると、泡を吹きかけている唇の端から蛙のようにくぐもった悲鳴が漏れた。叫びを上げる元気もないのか、傷口に鑢をかけられているような激痛に目を見開きがくがくと頭が揺れる。そうだよ、お前は今強姦されているんだ。殺した男の仇討ちで、たいそう大切に取っておいたであろう処女を無残に散らされているんだ。良かったな。お前はこれから俺を憎むだろう。どんな人生だったかは知らないが、今この瞬間お前の人生の色は変わった。男に抱かれる度に俺を思い出せ。笑顔を浮かべる度この痛みを思い出せ。一滴の泥水が葡萄酒の樽を汚すように、人生における拭い去れない染みとしてこの不条理な暴力のことを思うのだ。
生真面目な肉襞が締め付ける度に圧倒的な質量をもって蹂躙される。ことさら強く腰を使い子宮を殴りつけると、水分を含んだ悲鳴が耳に突き刺さった。
今までと同じだ。すべて同じだ。ノーシュに壊された子どもたちと。俺の壊してきた人生たちと。
ちらりと、彼女を守る青年の姿が脳裏をよぎる。間に合わなかったな、犬。彼女の人生は、もう俺が引き裂いてしまった。お前には恨みは無いが、お前が間に合わなかったという事実もまたこの少女に深く刻み込まれていくんだ。
蹂躙する速度を早め、強く、より深くハイネの身体を貫く。本能的に何かの気配を感じたのか逃れようともがく腰を固く抱き寄せ、最奥へ精を放った。処女でも本能でその恐怖を理解しているのがたまらなく淫猥だと感じ、胎内に最後の一滴まで注いだ俺は自然と喉を鳴らして笑っていた。
水晶の部屋に笑い声だけが反響して満たされる。ハイネの浅い呼吸は酸素の上澄みだけを掻き集めるように喘いでも喘いでも空虚を掴んでいた。
滴る白濁に混ざる赤い血液が視界に入り、そういえばこの女の瞳は血の色をしていたのだと気がついた。征服の証は濁り酸化してじきに黒く澱むだろう。蒼白の足首を伝う精を拭おうと触れると、袖口を折れそうな指が掴んでいた。
「どうして」
震えているかと思ったが、いやに落ち着いた声だった。反響する囁きは、その唇ではなくどこか違うところから音が出ているような気分にさせた。
「どうして、僕にあんなふうに語ったの。……これであなたは満足なの」
「僕にはあなたが何もかもわからない」
唇を切れそうなほど噛み締めて地を見つめるハイネは、あのときの彼女とよく似ていた。……子を生むことを要求したときの、妻の姿に。
「教えてよ……」
たった今犯したばかりの少女を見つめる俺の顔から笑みが消えていた。流れ落ちる蹂躙の証だけが、この部屋の時が止まっていないことを示していた。

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