「プロセラルム可能態」9 R18

Ⅸ スプートニク・ユーリィ

五歳の時、突然自分がこの世界に生まれてきた意味を知った。
平凡なセリアンの子として生きるには、長すぎる記憶を思い出してしまった。
「旅に出るのか」
山都を旅立つ日、兄弟子のイトカワだけは見送りに出てくれた。黙って頷くと、イトカワは目尻を下げ私のことを眺めた。
里では誰もが兄弟で、誰もが夫婦で、誰もが親子だった。群れで生活し、群れとして死ぬ。それが当たり前だったはずが、私だけは馴染めなかった。……生まれてきた意味を、知ってしまったから。
「会いたい人がいるので」
特に面倒を見てくれた兄弟子を置いて里を旅立つことに後ろ髪を引かれないかといえば嘘になる。文字通り身体を交わしてすべてを教えてくれたイトカワにだけは、旅立つ決意を告げてあった。
「お前は昔から、いつも遠くしか見ていなかったなあ」
ふふ、と笑みのようなため息を吐いてイトカワは口角を上げた。きっと彼は私が旅立つことをずっと予見していたのだろう。私は群れのためには生きない。そう判っていながら他の誰にも告げ口せずここまで育て上げてくれたことに感謝の念が満ちる。
「その視線の先に、誰かがいるんだね。……後悔しないように、生きてね」
それは、私が十四、五の時だった。

山都を出てから、長い森越えが続いた。たった一人で、いつ野垂れ死ぬかもわからない道中だった。ブラッドウッドの森にはセリアン族の中でも文化の違う群れの罠が張り巡らされ、常に緊張を張り巡らさなければ命などたやすく刈り取られてしまうだろう。
「スプートニク」
「……クドリャフカ」
木の虚に隠れ、しばしの休息を取ろうとしたときあの声がまた響いた。鈴を転がすような声は空気を震わさず直接鼓膜に響く。
「やっぱり兎に惹かれてしまうのね。悲しいわ」
「黙ってくれ」
里にいた頃からの幻聴は、まるで一人になるのを待っていたかのように日に日に鮮明さを増していく。そして、ここ最近は姿までも形どられ寄り添うように女の顔で語りかけてきていた。
「兎に会っても、あなたのことなんて覚えていないのよ。なんにも知らないふりして、肉を喰らってしまえばあなたは自由になるの。とっても簡単よ」
「いいから寝かせてくれ」
「私はずうっとあなたの中にいたのに、まだ会ったことのない兎がそんなに恋しい?」
「……今度こそ、間違えません。私は、兎を月へ送り届けるのです」
「ふふ、ふ……そんなこと、無駄なのに」
皮肉なことに、この幻覚との対話はたった一人の行軍のなかで正気を保つことに一役買っていた。ともすれば宛のない気が狂うような旅の中、狂気の誘惑との戦いは一種の刺激となって精神の安定を保っていた。

そして、私は遂に兎を……ハイネを見つけた。

アイオリスまでハイネを無事連れてこられたことに、私はひどく安堵していた。幼い少女だったハイネは、あの兵士の鎧が丁度合う程度に女性として成長し、また私も出会ったときはまだ涸れていた声はとうの昔に低く固定され体格も大きな変貌を遂げていた。
「宿は、一部屋でいいですかあ」
しかし、私達はまだその変化に鈍感であった。出会った時の十と十五の少年少女の気持ちが抜け切らぬまま、私達は旅を続けていたのだった。だから、宿屋の娘がそう言ったときも一瞬疑問を抱けなかった。兄弟のような気持ちで宿の部屋を借りようとして、ふと宿屋の娘の意味有り気な表情に気がついた。
……まさか、と思い傍らのハイネを見た。ハイネは同じく疑問を特に挟みもせずすらすらと宿泊証明書にサインをしていく。気づかなければ良かったと深く後悔を抱えたまま、私は部屋に荷物を運び込んだ。
彼女と過ごして気づいたことがある。彼女は男女がともに過ごす意味を、そういった行為の機微をよく理解していない。幼少期の体験から意図的に知ることを遮断しているのか、恋人同士の関係について酷く無知だった。
さっきの宿屋の娘は、私達を恋人だと勘違いしていた。通された部屋の大きな一つだけのベッドを見て頭を抱えたくなった。いや、寧ろ無理もないだろう。ハイネは外見上性別を偽っているとはいえ宿泊証明書には正しい性別を記入していた。ある程度の年齢に達している男女二人組の冒険者。誤解しても誰も責められまい。
今まではそれで良かった。長旅の都合上、同室で泊まることも少なくはなかった。しかし、あの宿屋の娘の視線が妙に刺さり生ぬるい汗が掌に滲んだ。
何故今まで耐えられてきたのか。とうに生理的現象は何度も経験している。ハイネの無知に甘えて、不在時に秘密裏に処理をしてこれていた。だから、今日もハイネが眠るまで待って抜け出せば良い筈だ。そう自分に言い聞かせて、極めて平静を装いランプの明かりに手をかけたときだった。
「……スプートニク。わからないんだ。……僕は病気なのかもしれない」
独り言のような囁きは、ぞくりと背筋を刺した。丸めた小さな背中が、ランプの陰影で酷く現実的にシルエットを写す。その言葉の先が怖い、できることならこのまま聞かずに走り去りたい。何を意味したいか、私はとうに理解していた。何故なら、自分もセリアンの濃い血が流れているから。
「月のものが来るようになってから、時々身体の芯が狂いそうなほど熱くなる。……僕は、おかしくなってしまったの」
寝返りを打ち、シーツの上に手をつくハイネの瞳は……紅い柘榴のように潤み、本能にじっとりと滲んでいた。対処もわからないまま、抱え込んでいた新月の欲望が、濁流となってその小さな身体を襲っているのがありありと見えていた。
生唾を飲み込む音を聞かれてはならない。掌に籠もる熱を悟られてはならない。私は彼女を守ると決めたのだから。こんなところで自分も呑まれてはならない。
「……大丈夫。すぐ治るおまじないを知っています。……私も貴方の半分と同じ、セリアンだから」
伸ばした手の影で、クドリャフカの笑い声が聞こえた気がした。

寝間着のズボンを脱がせると、紅潮した白い太腿が顕になった。掌でそっと体温を測るように触れると、びくりと身体を震わせ身を捩った。太腿でさえこの反応ならば、さぞかし苦しかったのだろう。足の指の一本一本に指を絡め、整ったつま先を優しく愛撫する。関節の丘陵を唇に含むと、子猫の鳴くような声を上げて上半身をシーツに投げ出した。
爪と指の間の肉を舌先で吸い、指の腹を舌の表面で撫で上げると足先まで神経が張り詰めるのがわかる。これは儀式だ。彼女への忠誠を誓うための行為だ。そこになんの他意もないし、私達の関係は何一つ変わらない。そう言い聞かせ、足の甲に口づけをした。執拗に足の裏を舐め土踏まずを指先で擽ると、足の指が丸められ我慢できない、というふうに痙攣した。
「も、やだ……はやく、楽にしてよ、スプートニク。頭がおかしくなる、恥ずかしいよ……」
顔を手のひらで覆い身を捩るハイネを見て、頃合いだと感じた。敏感な嗅覚はとうにその香りを強く感じている。南国の熟れた果実のような、蕩ける寸前の肉の香りを。
下着越しに爪先を使って足の間をなぞると身体が震えた。柔肉の隙間を探すように指の腹をそっと押し込めると、じっとりと湿り気を感じる。顔を近づけ、鼻先を下着に埋めれば噎せ返るような甘酸っぱい香りに鼻腔が満たされた。
「ひっ、駄目、汚いよ……そこは、違うところ……」
「違いませんよ。貴方が苦しくなるとき、ここもきっと何時もと違うはずです」
下着越しに舌でまさぐり柔らかで肌理の細かい布の感触を味わう。唾液で濡れて透ける薄布は、ありありとその下に隠すべきものの輪郭を示していた。
もはやこの布の意味はない。一瞬だけ目配せをし、下着を足首まで下ろし抜き取った。
湯気でも立つかのような熱い潤みに喉が鳴った。口の中はとうに唾液で満ち犬の舌を持て余している。本能を鑢掛けされるような刺激的な光景に、気遣う余裕もなくかぶり付いた。
「っ……!ひ、あぁっ!やらっ、それ、やだよっ」
溶けるように熱い舌でまだ茂みも薄い秘部を蹂躙する。縦に割いた蒸しパンのような柔らかな裂け目を確かめるように唾液を塗り込めば、それに呼応するように欲望の涎が拍動するように溢れ出てくる。跳ね回る両足を無理やり肘で押さえ込み、指先で入り口の小さな穴を探り当てた。
指を差し込むと、熱い粘膜によって作られた狭い道は侵入者に怯えそして期待し締め付ける。輪のような一際狭い部分を見つけ、少女の純潔を指先で確かめた。
身体の中に指が入っているということを認識できているのかいないのか、ハイネはぐったりと身体をベッドに預け私の指のされるがままになっている。しかし、その表情が蕩けるように宙を眺め、恐らく初めてであろう快楽に溺れそうになっているのは明白だった。セリアンの発情はときに身を焼くような苦しさを伴う。彼女に半分混ざった血が開花した以上、多少の差はあれどその身に炎を飼っているも同然だった。犬として、私のできることは一つだった。
音を立てて熱い液を吸い上げると彼女の両膝が強く私の頭を挟み込んだ。苦しみから逃れるための行動によって、逆により密着をさせより深く愛撫を受けることになる。小さな突起を剥くようにザラザラとした面で舐め上げると涙ながらに悲鳴のような喘ぎが上がった。
「こわい、スプートニク、へんになるっ……たすけて、僕おかしくなるっ……」
「大丈夫、そのまま身を委ねて……怖くはありません。みんな、していることです」
「そう……なの……?これ、変じゃないの……っ?」
「楽になってきたでしょう。これはおまじないです。身体を任せて、そうしたらすっきりしますから」
すらすらと嘘が紡がれるこの舌を恨みつつ、そのまま奉仕を続行する。もう限界が近いのだろう、小刻みに痙攣しながらハイネは身を反らせて荒波のような快楽の奔流にされるがままになっていた。
「ひっ、あ、あああっ!!あっ、あぁ、スプートニ……すぷーとにく…っ…!!!」
一際強く身を跳ねさせ、ハイネは果てた。糸の切れた人形のようにその身を投げ出し、荒い呼吸で必死に酸素を求めている。そっと身体を離すと、私は自身の下履きの中の不快感を悟られないようにハイネの髪を撫でた。

……それからは、彼女の要求に応じて『おまじない』を行ってきた。このことは他の人には依頼してはいけないと口止めをすると、ハイネは童女のように律儀にそれを守ってくれていた。これは性行為ではない。そう言い訳をして、私はハイネにひたすら奉仕していた。そう、群れで行っていたグルーミングのようなものだ。知識の無い彼女を守りながら発散させるのはこれが一番なのだ。……そう、言い訳をして。
これが信頼につけ込んだ行為だと痛いほど判っていた。最初から、この行為を始めたとき恋人になろうと言えれば良かったのだ。……ハイネが、恋人にはけして昇格しない類の感情を私に抱いていなければ。
だから、パトリックの言葉にも肯定するしか無かった。まだホーニヒがああなる前に、私はパトリックに問われたことがある。
「お前の主人、最近ずっと入り浸りだ。いいのか、お前は犬なのに」
「……はい。ハイネがそうしたいなら」
だから、か。その呟きの意味は、直ぐに知ることとなった。
パトリックにハイネが壊された。自分のつまらない手落ちによって、ハイネは最も望まない形で純潔を奪われ、死を望むまでに深い絶望に落ちた。
五歳のとき、思い出した大量の記憶。
ハイネを、ヨハネをこの手で屠る記憶。
死を望んだハイネを屠る刀は、哀しいほどにその切れ味で何の抵抗もなく臓腑を貫いた。……ハイネの刃となるべく、研ぎ続けていた刀だったというのに。
……また、繰り返してしまった。

天体観測機がこの世界にもあると知って、私は胸が躍った。アルカディアの文明レベルからいって、そういった機械に対する望みは捨てるべきだと考えていたため、ルナリアの技術に深い感謝を覚えたのを今でも思い出せる。何度生まれ変わっても、私は夜空を見上げることだけは続けていた。どんな環境にあろうと、月は空に佇んでいる。それはハイネの還るべきところとして私の心を支え続けていた。
スコープの中で光る白い月面に、私は深い諦めを抱いていた。
ああ、今回もきっと駄目だったのだ。ハイネの信頼を、自らの手で打ち砕いてしまった。きっともう私のところには戻ってこないだろうという予想がついていた。彼女の心は、別の者に奪われてしまったのだから。
でも、と考える。ハイネは生きている。それだけでも、上出来かもしれない。私が守らなくても、ハイネは誰かに守られて生きるのだろうか。
丸いレンズの中の月が近い。絶対零度の冷たい月面が、息もなく鏡のように私の心を映す。
樹海で会った少女……アルコンは、星へ送り届けて欲しいと話していた。……行方不明となったヨハネの行き先の目星はついていた。ヨハネは、ひとりでアルコンと共に月を目指したのだろう。自らの、魂の故郷へ。
……ハイネの目指す先はいったいなんだろう。もうハイネには月が見えていない。今見えているのは、パトリック……あの男だけだ。
どうして、こんなに苦しいのだろう。ハイネを生かす、それだけが目的だったはずだ。ハイネが誰を愛そうと誰に愛されようと、考えてはいけない。そう誓って犬になったというのに。
軽い衝撃音がして、予備のレンズが床に落ちた。亀裂が入り、歪んだレンズを拾い上げようとして、指先に痛みが走る。月の光に照らされた紅い血の玉が、彼女の柘榴の瞳を想起させた。
……ハイネを、愛してしまったのか。私は、人として、男として。
深い絶望のような事実は、痛みとなって指先から血を流していた。

ソロルと再会したのは、あの忌まわしき迷宮……第三階層だった。
「パトリックから指輪を預かったんだが、中のエネルギーが足りないんだ。それに……気がかりなことがある」
そう言い淀んだソロルの表情が陰る。ハイネが欠け、パトリックが消え、今はボイセンと二人だけの私達を見比べ話していいものかと迷っている様子だった。
「……ホーニヒらしき影を見たんだ。お前のギルドの……あの、金髪のウォーロック……」
発されるべきではない名前が呼ばれ、ボイセンの目が見開かれた。そう、ボイセンから事の顛末を聞かないままになっていた。ずっと疑問に思っていたことがある。パトリックの話では、ボイセンはホーニヒの蘇生と引き換えにハイネを売ったのではなかったのか。しかし、ホーニヒの姿は見かけてはいない。彼は、どこに行ったのか。
何かを言おうとするボイセンが喉を抑える。喘ぐように声を紡ごうと必死に口を開けるボイセンからは、しかし単語らしい単語は発せない。
先を行こうとするソロルの服の裾を掴み、ボイセンは泣き出しそうな顔で首を振った。行くな、この先に触れるな。そう叫ぶように。
ただ事ではない雰囲気に気圧されたのか、ソロルは視線で私に指示を仰いだ。この先に何があるというのか。……深い瘴気の中、朧気に予想はついていた。
「行きましょう」
扉に手をかける私にボイセンは崩れ落ちた。縋り付くようなボイセンを振り払い、歩みを進めた。
……大きな広間に、旋律が響いていた。弦楽器の寂しげな音は、竜の咆哮と奇妙に混ざり合い重奏のような音色を広げている。広間の中央には、亡骸のような様相の巨大な……竜が佇んでいた。傍らでリュートを奏でる少年は……蜂蜜色の髪をしていた。
「ホーニヒ。やはりここにいたのですね」
強い死臭の漂う空間に、竜とホーニヒが番のように寄り添い身を預けあっていた。ソロルが息を呑み、目の前のことが現実かどうかまだ半信半疑と言った様子で一人と一匹を見比べていた。
「……見つかっちゃいましたね。鍵のかかった扉の先なら大丈夫だと思ってたんですが」
隠れんぼに失敗した子供のような朗らかな笑顔でホーニヒは謳う。死蝋のように青ざめた肌に、崩れかけているのであろう肌が傍らの竜と同様に濁り溶けている。
「ボイセンさんの代わりに、僕が教えましょう。パトリックさんのお陰で僕は戻りました。でも、もう僕は以前以上に人から遠ざかってしまった。……維持に、生きている人の死霊……魂が必要なくらいに」
遠い先を見つめ、ホーニヒは瞬きする。竜を愛おしげに撫でながら、恋人……ボイセンのほうに視線を向けた。
「ボイセンさんひとりでは、生きている人の魂を集めるのはとても大変でした。でも、この子……ドラゴンゾンビって呼ばれてるみたいですが、この子の傍にいれば、いっぱい死ぬ直前の魂を貰うことが出来たのです」
あの強い瘴気ガスも、ホーニヒには命を運ぶ恵みの流れになっていた。もう人里には戻れない、しかしボイセンのためにこの歪な生を止めることもできない。そして、この扉の中にいることを選んだのだ。
「僕たちの決着をつけましょう。僕はもう人よりもずっとずっとこの竜に近い存在になってしまった。……いっぱい、殺しました。ここにいちゃいけない存在なんです」
スプートニクさん。と名前を呼ばれ自分がここに招かれた意味に気づいた。ホーニヒは解っていた。私が、この世界に生まれてきた意味を。……汚れた魂を介錯するための、屠殺者としてを。
「……ボイセンさん。あなたも一緒です。もう、置いていかれるのは嫌でしょう」
立ちすくんでいたボイセンが、糸を引かれるようにホーニヒに駆け寄った。ボイセンを抱きとめ、聖母のように微笑むホーニヒは、もう既に身体の大部分が腐敗して死霊にもなれない亡骸となっているとはにわかに信じ難いような柔らかな表情を浮かべていた。
「さあ、空の上に行きましょう。おかあさんもきっと待ってます。……僕とボイセンさんは、たくさんの時空を漂流してきました。いろんなものが、見えました。……スプートニクさん。お礼にあなたに一つ教えてあげます。ハイネとヨハネの前世の故郷、月を喰らった災厄のことを。……彼らはその災厄に故郷を喰らわれました。そして、還るところを無くした魂は永遠に彷徨うことになりました。その災厄の名は星喰」
小さく息を吸い、ホーニヒは私の刀の切っ先を見つめた。目を閉じ身を預けるボイセンが、小さく唇を開き、何か言葉を言おうとする。……ボイセンの視線は私の後ろの誰かを見ていた。
「……僕が知っているのはそれだけです。それでは、さよなら。今度こそ、永遠の眠りに…」

ホーニヒとボイセン、そしてあの竜を屠り、私はまた月を見上げていた。また、私は仲間を手にかけた。ハイネの不幸の一端を担っていたといえど、ボイセンにも仲間としての情はあったはずだ。しかし、仲間を殺す私の切っ先は迷いの欠片もなく息の根を止めた。
「……そう、星喰。星喰っていうのね」
月を遮るように、彼女のシルエットが宙に踊る。……クドリャフカ、何もこんな時に、と悪態を吐きたくなる。いつものように黙れと首を振ろうとして、彼女の様子がいつもと違うことに気がついた。
目が爛々と輝き、口元には堪えきれない笑いを湛えている。常に上機嫌な彼女であるが、本能的に感じる様相の違いに息を呑んだ。
「ねえスプートニク。私が月に取り残されたとき、私は月を滅ぼしたいと強く願ったの。そのとき、見たのよ。一つの船団を滅ぼすあのすばらしい災厄が!」
謳うように高らかに話すクドリャフカの言葉に耳を疑った。何を言っている?この犬の魂は、星喰を見たと言ったのか?
「私はその残渣を食べて一つになった。そして、月を滅ぼしたの!」
プレゼントでも自慢するかのように興奮した面持ちで語りかけるクドリャフカは童女のような顔で私に笑いかける。まるで、良かったねと飼い主に頭を撫でて欲しがるかのように。
「スプートニク、貴方の片割れの私が、ハイネとヨハネの故郷を奪ったのよ!」
急激な吐き気に、思わず口元を抑えて蹲る。酷い頭痛に、クドリャフカの甲高い笑い声が突き刺さっていた。私の様子は眼中にないのか、うっとりした表情でクドリャフカは囁いた。
「……ハイネの魂、とっても美味しかったの。……ヨハネの魂はどんな味なのかしら。ねえスプートニク」
「あの兎の魂をすべて喰らえば、貴方は私を愛してくれる?」

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