Ⅶ ヨハネ・アルビレオ
妹が死んだ。
魂を分けた妹が死んだ。
妹の遺体を抱えたスプートニクは、いつもの朴訥とした表情で静かに彼女の死を告げた。
「君が殺したんだろう」
「はい」
「知っているよ だって今までもそうだったから」
スプートニク……黒犬は、兎殺しの運命を背負っていた。それは、僕らが兎であり双子であると同様に逃れられない運命なのだ。
前回の生で、スプートニクは僕を処刑した。僕は皇帝だった。ハイネのために美しい世界を作ろうと君臨した僕を、彼はクーデターを起こし首を刎ねた。
その前の生で、戦場でハイネを殺した。敵兵の弾丸で致命傷を負ったハイネの息の根を、自らの手で止めた。
つまりは彼はそういう男なのだ。守る守ると言いながら、その実自らの手で壊してしまわないと気が済まない、獣なのだ。
彼の腕の中でだらりとその身を預けるハイネの遺体はひどく痛んでいた。痛めつけられ、犯され、そして刀でその臓腑を貫かれ血錆に染まっていた。
僕らの痛みは僕らにしかわからない。僕にはスプートニク同様転生の記憶があった。命を落とす瞬間の絶望と苦痛は、何百と繰り返してもすべて鮮明な傷となってその記憶を灼き続ける。
「ハイネの遺体を僕に渡してほしい。君には……ハイネは預けておけない」
「……わかった
スプートニクは他に何も言わなかった。いや、言わせなかったという方が正しいのかもしれない。
朝靄の中、ハイネの遺体を連れ帰り僕の部屋に寝かせた。仲間たちを驚かせてしまったのは申し訳ないな、と少し頭を過ぎった。変わり果てた妹を抱いて明け方に帰ってきた僕に、仲間たちは何を言うべきか困っていた。狼狽したアポロが口を開こうとしたところで黙って首を振ると、それ以上何も触れようとしなかった。僕からの拒絶は初めてだっただろう。心優しい人達を思うと胸が痛む。大切な仲間たちだからこそ、僕は一人になりたかった。
そっと横たわるハイネの頬に触れた。冷たく硬く固まっている彼女は、僕と同じ血を分けた生き物とは俄には信じられないだろう。僕らは何度も……転生の度に傷つき続ける運命だった。今の生、ヨハネ・アルビレオも同様だった。僕が初めて母に犯されたとき、僕はハイネだけは汚させないと誓った。たとえ、嘘に嘘を重ねハイネと縁遠くなろうとも。何度も、僕らは純潔であり続けることを約束した。美しく有り続ければ、いつか魂の故郷である月面に帰れるのだ。そう呪文のように言い聞かせていた。
それがこの様だ。僕らの誓いは呪いとなっていた。ハイネを苦しめ、生を諦めさせてしまった。ハイネの魂は濁り汚れその灯火を消そうとしている。だから、僕は呪いを解かなければならない。
首のチョーカーを解き、喉を一周する傷跡を顕にする。僕らの母は瘴気使いだった。彼女の瘴気を、僕は彼女に犯される度に強くその身に染み込まされてきた。傷を埋め、生を屠り、精神を砕く瘴気に満ちた僕の肉体は、少しの綻びからたやすくその瘴気を溢れさせる。
首から溢れる流動的な濁りを掌で掬い取る。横たわるハイネに緩やかに注ぎかけると、血液の失われた傷口に瘴気が吸い寄せられ染み込んでいく。零れたミルクがテーブルを埋めるように、白い傷口が塞がりその継ぎ目を失って溶けていった。
「僕の魂を捧げる。穢され、苦しんだハイネの魂は僕が貰い受けよう。僕らは、二人でひとつなのだから」
ハイネと指を絡め、夜が明けきるまで……瘴気が互いに均衡になるまで満ち、ハイネが目を覚ますまで……僕は目を閉じて、その身を曙の光に委ねていた。