「蛙と硝子」1 R18

幼い頃、祖母に鼠を飼いたいとせがんだことがある。鉄の籠の中で忙しげに首を傾げる姿はなんとも愛らしいと口々に友人は話していたし、少しの木の実で十分に養えるというのも当時の少年少女のペットとしては好条件だった。だから、僕は祖母に市場に連れて行かれる度に袖を揺すった。「ちゃんと世話をするから」そう決まり文句を叫んで。
樹海魚に薄く胡椒で味を付けたシチューは琥珀色に透き通る。馬鈴薯を崩さないように慎重に玉杓子で掬いあげ、木製の皿に盛りつけた。随分大きく切ってあるが、火傷はしないだろうか。ふとそんなことを考え木の匙を手に取った。
ひとしきり野菜を潰す作業が終わると盆を持ち黒い詰め襟の体をある方向へ向ける。ギルドハウスの横の小さな倉へと。
「御飯の時間だよ」
保温のための二重扉を注意深く開けると薄暗いその空間に新鮮な空気が滑り込む。飛びかかってこないか。逃げ出そうとしないか。
なにせ、自分の飼う獣は鼠より幾分……いや、大分。この自分の背よりも超える大きさであるのだから。全力で飛びかかられたらひとたまりもない。だからこそ、この二重扉の倉を選んだのでもあるが。
「……いい子にしていてくれたかな。オルドリン」
暗がりの中に敷いた毛布に包まれ、獣は微睡んでいた。三角の耳が柔らかく揺れる。折り畳まれた四肢はしなやかに伸び、緩慢な動作で身を起こした。
獣はセリアンの少女、オルドリン。
そして飼い主はブラニーの青年、アポロ。
二週間ほど前から、この奇妙な関係は始まっていた。
「今日は樹海産の野菜のシチューなんだけど、口を開けてくれるかな。でないと、僕は君が背中から食事を取るのかと疑ってしまうよ」
匙で具材を掬い、火傷をしないように吹いて冷ましてから顔へ差し伸べる。一口、小さな唇に運ぶとしばらくの嚥下の後口を開いた。
「……私は粥なのかと思ったわ。それとも、これは離乳食なのかしら」
アポロの細心により砕かれた具材はスープに文字通り溶け込み原型を無くしていた。澄んだスープを作るのに炊事係が努力したシチューは見る影もなく、空しく湯気を立てるのみであった。
やっとそのことに気づいたアポロが肩を落とし下げようとした皿に、オルドリンが手を伸ばした。
「食べる」
半固形状のペーストのようなスープを口に運ぶオルドリンを見、アポロは息を吐いて傍らの床に腰を下ろした。
倉の中は塗り壁と木材で仄かに生ぬるい。床にはアポロが探した安物のカーペットが敷き詰められているが、床は固く居心地がいいとはとうてい思えない。

アイオリスの街の雇われハーバリストとして働くアポロは、雇われていた商店から先月賞与を受け取った。樹海の産物を回収しては売るその商店は、人員の足りない冒険者にアポロを貸すという新たな商売が軌道に乗りなかなかの利益を上げたらしい。半分は常の労働への感謝、半分はだから今後もうちで使われてくれという圧力を乗せた賞与は予想以上の金額だった。田舎から出てきて特別趣味もなく、元々質素倹約が常なブラニーの性は突然の大金に戸惑っていた。だから、馴染みの服屋に相談を持ちかけたのであった。
冒険者向け服屋の片目を隠した黒服にピアス顔の男は言った。ならば女でも知ればいい。女に金を使うとあれば金はいくらあっても足りないし、生活に潤いが出る。また、店の角で水煙草を吸っていたボブカットに跳ねた髪、医者のような白衣の女は言った。世のため人のため、人助けでもすればいいじゃないか。どんなにつまらない人生でも、誰かに恩を売るというのは麻薬のように気持ちが良くて中毒になる。
アポロは迷った。そして、その迷いを胸に普段では立ち寄らないような路地へと入り込んでしまった。

「オルドリン、この血は」
彼女の着替えを回収し、洗濯しようと持ち上げた時だった。彼女の衣服、寝間着として渡したうちのハーフパンツの内側にべっとりと古い血がこびり付いていた。今まで、彼女は下着を洗濯に出させてくれたことがない。新しい下着が来たことを確認すると、古い下着は泥やその他のごみと混ぜてしまいアポロの目に触れさせてくれなかった。最初は女性だから恥じらっているのだとむしろ当然だろうと納得をしていた。だが。
「月のものなら、道具を探してくるから」
口ではそう言いつつ、アポロには一つの予感があった。おそらく出血はこの二週間だけでなくずっと不定期に続いているのだろう。オルドリンの存在を初めて知ったとき、注釈として添えられたあることがあった。
「……じゃあ、お願いしてもいい。私は、ここから出られないから」
その血は、彼女の身体の紛れもない負傷の証であるはずだ。

人気のない路地で、アポロは彷徨った。乞食に金をやるのは流石に労働の対価としてあまりにも軽すぎる。かといって女を抱きに行く気にもなれなかった。娼館にいるであろう多くのアースランの女たちはブラニーの自分を恐らく嗤うだろう。なによりそういう女たちはどうも穢らわしいような気がして身の毛もよだつ。彼女たちはなぜそんな人生を選んでしまうのだろうか。不可抗力だとしたら、そんな運命そのものが考えたくもない悪夢だった。
行き止まりにさしかかり、やけに戸と大きさが釣り合わない煉瓦づくりの店に行き当たった。看板も何も出ていない。ただ店だと判ったのは、周辺を歩いているときに馬車が裏口に付くのを見たからであった。
馬車から降ろされた若いセリアンの少女たちは繋がれたまま皆長い耳を揺らし乾いた表情で裏口へ入っていく。最後に馬車から降りた男が金貨を受け取るのを見てアポロは息を呑んだ。
……人を売買している。昔アポロが見せられた風景と一緒だった。顔も見えないくらい背の高いルナリアの男に腕を引かれ、自分の手の届かないところで自分に値をつけられる感覚。馬車に目が釘付けになったアポロの手は気づかぬ間に固く握りしめられていた。
「坊ちゃん。遊びに来るにはここはつまらないよ」
突然肩を叩かれ、アポロははっとして振り向いた。冷め切った表情のルナリアの男が長い金髪を揺らしアポロを見下ろしていた。
「貴方たちは、彼女たちを売っているのか」
男を睨み、アポロは言葉を吐き出した。男は眉一つ動かさず、一目でそれとわかる義眼の片目とともにアポロの瞳を見つめる。
「そうだとしたら、君は憤怒するのか。そうではなく、彼女たちの雇用先を紹介していると言えば、君は笑顔で手を振って帰るかい」
男の表情は変わらない。厚い扉の向こうで昔の自分のように冒険者としてではなくただの商品として値踏みされ、身も知らぬ者のところへ買われていく少女たち。胸の奥で沸々と煮えたぎる感情がアポロを襲う。
「アイオリスはもっと文化的な街だと思っていた。こんなところがあるなんて知りたくなかった。君たちのことは衛兵に通報させて貰うよ」
「知りたくないことを知ってしまったか。それはご愁傷様。だがそれはできない相談だな」
ルナリアの男が義眼の片目を瞬きすると、突然男の姿が消えた。そして、腹部への強い衝撃と共にアポロの意識は失われていった。

霞がかった視界の中、アポロはゆっくりと頭を持ち上げた。昔里を訪れたルナリアに値踏みされ商談をされたときは、祖父と祖母が激怒して助けてくれた。
目前にはあの義眼のルナリアが座っている。悪態を吐こうと口を動かすも言葉が喉に引っかかりまるで栓をされたようにつかえる。床に這い蹲ったまま目だけで睨みつけると、義眼のルナリアは分厚い冊子を取り出しアポロの元へ差し伸べた。
「君の手持ちを調べさせて貰った。本来ならば君もここの商品の一部になるか死霊となって帰る他なかったのだが、昨今は身元調査も厳しくなっていてね。君のような愚か者は何人もいたのだが、いつか解ける魔術よりもっと良い口封じがある。金があって命拾いしたな」
「どういう、ことだ」
「君は今日から共犯者となるのだよ」
床に開かれた冊子には、幾多の少年少女の肖像が何枚も綴じられていた。……彼らの価格と共に。

血を混ぜたインクで契約書にサインをし、アポロは逃げるように店を後にした。賞与を失ったことなどどうでもいい。今夜のことは夢であってほしいと全身で祈れど夜の月は何も答えない。住んでいたアパートメントを引き払い、商店に辞職の願いを出した。
そして、とあるギルドハウスの戸を叩いた。
「どうしたの、アポロ。顔色が真っ青だ」
「ノア、いいから僕を君たちのギルドに入れてくれ。それと」
今はただ、この状況からの最善を尽くすことのみを考えなければいけない。
「このギルドハウス、倉があったよな」

オルドリンを選んだ理由は単純であった。あの日見せられた冊子の中、最後のページに載っていたのが彼女だった。「人の区別が付かない、目の疾患の可能性」「損傷著しい、性的愛玩には不向き」「無愛想」様々な但し書きだらけになっていた彼女の肖像はインクが薄く不鮮明であった。
彼女を引き取った日、義眼の店主から彼女のページを渡された。この内容についてのクレームは受けないということらしい。
「定型文だが、慈善事業だと思うんだな。……今までの愚か者達は皆、これは慈善事業だと言い聞かせていたらしい」
鎖に繋がれた少女は布を深く被り表情は見えない。悲しんでるようにも、憤っているようにも見えないのが夜の闇の中で不気味にすら見えた。
「彼女の名は」
「君の好きにしていい」
少女に向き直り、顔にかかる布を外した。ラベンダーとターコイズが入り交じる髪が流れ、三角形のセリアンの耳が冷たい空気に晒される。
「僕はアポロ。君の買い主だ。……君の名前は」
「……オルドリン」

それが、初めて交わした言葉だった。

オルドリンの負傷箇所は、恐らく彼女の内部であるらしかった。出血は、数週が経った今でも不定期にあるようで、彼女が一日の大半を毛布にうずくまって過ごしているのも恐らく痛みによるものだろう。痛ましいと思う気持ちは日に日に強くなり、しかし多重の意味で繊細な部分について触れることはタブーだと感じてもいた。
このまま死んでしまわないだろうか。知らない男に買われて、こんなに血を流して、暗く狭い倉の中で。
そう考えが及んだところでハーブの調合をする手が止まる。明日は探索があった。アポロは硝子の瓶に香油を満たし、特別な条件を整え薬草を内部で自生させたものを治療に使っていた。慈善事業。義眼の男の言葉を反芻する。
もしも彼女を治せるのなら、自分のしていることが本当に正しいこととなり得るのではないか。傷を癒すことが薬草士の使命なら、それを全うするために彼女と出会ったのではないか。
アポロの瞳は蒼い炎が灯っていた。

「君の身体を見せて欲しい」
そう切り出したアポロは、冷ややかな反応が返ってくることを覚悟していた。悲鳴を上げて頬を叩かれるのだろうか、侮蔑の瞳で見られるだろうか。いずれにしても彼女を救う為ならば厭わない、そう自分に言い聞かせて臨んだ言葉だった。
「……貴方が望むようなことは出来ないわ」
アポロは、その言葉をはじめ誤って理解していた。
「嫌でも構わない、恥ずかしいなら明かりをできるだけ抑える。ただ、どうしても君のためにしなければならないんだ」
「……貴方がどうしてもと言うのなら、私は貴方に従う。……私を買ったのは貴方だもの。ただ、私は貴方を悦ばせられない」
オルドリンの長い睫毛が伏せられる。金の瞳が翳り、欠ける三日月をアポロは思い出していた。
「どういう、意味?」
「私の体の中は、壊されたから」
「……壊『された』」
「中で瓶を、割られた。だから、できない」
彼女の傷の正体は、膣内にで割られた硝子による裂傷だった。破片こそ除去されたものの、弱い粘膜に刻まれた傷の数々は深い裂傷となって彼女を日々苦しめ続けていた。
だから、男を喜ばせることなどできない。そう呟いたオルドリンの瞳には、深い絶望と諦めが滲んでいた。
「……傷口を、調べてもいいかな。僕は君を抱こうとして買ったんじゃない。君の苦しみを少しでも和らげたい」
「……好きなようにすればいいわ。私の身柄は貴方のものだもの」
白い脚を投げ出すオルドリンに、アポロは一度逡巡したあと彼女のホットパンツを引き下げた。アポロが街で買ってきた白い下着が露わになると、自分の用意したものを身につけていることが妙に背徳の色を持って脳にじわりと熱を持たせた。血の滲む下着を引き下げるか迷った後、そのまま太腿を割り開いた。
指先を小さな布地の隙間から差し入れ、柔らかな粘膜に触れると小さくオルドリンは身じろぎした。
閉じられた蓮の隙間をなぞり入り口を探す。何度か指先を往復させていると、弛んだ裂け目に指が誘われるように潜り込んだ。
「うっ……」
湿った粘膜に指先が包まれ、アポロは思わず呻き声を漏らした。これはただの医療行為だ、触診をしているだけだ、そう言い聞かせ胸の鼓動を抑えようとする。
と、アポロの指先に違和感を覚えた。
「オルドリン、これが……?」
肌の下のじっとりと湿った隘路にほかの部分とは違う感触が指先に伝わった。経験のないアポロは口の中のようなものを想像していたが、改めて探るように指を回すと違和感の強い感触は広範囲に広がっている。
「痛、い……あんまり、触らないで」
「あっ、ご、ごめん」
痛みを訴えるオルドリンに慌てて指を引き抜き下着を戻す。指にまとわりつく血を見て確信する。間違いない、今触れた物が彼女の体の中の傷跡であり苦しめる原因でもあった。
「もういい?」
愕然とするアポロを尻目に、オルドリンは衣服を整えていた。外見上はなんら大きな怪我や異状は見あたらない。しかし、彼女の大切な臓器は大きく傷つけられている。そしてそれに苦しんでいる。それは紛れもない事実だった。ならば。
「……オルドリン、ちょっといいかな」

倉の戸を閉めたところで、ノアが待ちかまえていた。外はもう日が陰り、草木のシルエットが長く映し出されていた。
「お嬢の様子はどうだ」
赤毛の長髪を二つに結わえ、豊満な胸と短いスカートが目立つノアはしかしれっきとした男である。女装趣味に加え胸は手術でつけたと聞いたときとても驚いたが今はもう気に留めることではなくなった。
「相変わらずだよ。変わらず大人しく眠っているだけだった」
彼女の負傷のことは言うつもりはなかった。彼女のプライバシーとしてあまりにも重すぎるし、触診と称してこのようなことをしたことが発覚したら彼女を飼うことをまた止められるかもしれないと思った。手の血の臭いに気づきませんように、そう願いつつ話を合わせる。
「それならいいけれど。ところで、明日の探索について打ち合わせをしたい。ヨハネが皆を呼んでいるからこのままギルドハウスの夕食に顔を合わせて、だって」
「ギルマスのお呼びなら行くよ。勢ぞろいか」
「ああ。いよいよ上層を目指す覚悟が決まったらしい」
目尻を下げて皮肉っぽく笑うノアは、アポロがオルドリンを買ったときに真っ先に頼った人間だった。元々雇われ冒険者として彼のギルドには何度も出向していた。そして、ギルド加入の誘いも何度も受けていたところだった。
ギルドマスター、ヨハネは大の女嫌いであった。そんなギルドに曰く付きの少女を連れて加入できたのはひとえにノアの口利きによる他無かった。
「ノア、ごめん。こんな面倒ごとに巻き込んでしまって」
「今更だよ、それに彼女の境遇にはヨハネも思うところがあるようなんだ。賛成……とまではいかないけど、見逃してもらえてるのはありがたい」
歯を見せて笑うノアは親密な友人であるアポロを気遣って様子を見に来ていたのであった。突然少女の身柄を抱え、混乱に陥ったアポロに手を差し伸べたノアとヨハネはアポロにとって救いの神にも等しい。
「それじゃ、また夜に」
ひらひらと手を振るノアに手を振り返し、アポロは倉を後にした。

「今日の議題だけれど」
そう切り出したのはギルドマスターのヨハネであった。金の長い髪を二つに結わえ、菖蒲色の死神のドレスに身を包む姿は一見幼気な少女のようだ。しかし、アポロは『彼』の性別についても知っているし頭から伸びる長い兎耳についても慣れている。ヨハネは柘榴色の瞳を瞬かせて口を開いた。
「世界樹の封印がとあるギルドによって解かれたらしい。ルナリアの封印が失われた今、僕たちにも世界樹の上層へ挑む道が開かれた」
卓にはアポロとヨハネの他にノア、ディエゴが席に着いていた。ディエゴはノアの弟であり、兄と揃いの赤毛に眼帯が目立つ竜騎士であった。
「今まで僕らは世界樹の麓で平和的に細々と枝を摘み、石を拾い、ときおり魔物を狩るだけだった」
だが、と続けてヨハネは大きく息を吐く。
「ここから先は違う。命を懸け、泥を啜り、己の血を浴びて歩んでいく道のりになるだろう」
「それでも、僕ら……ギルド、メイジューンは運命共同体だと思えるのなら、ここに残ってほしい」
そう言い切ると、長い睫毛を揺らし目を閉じた。数秒の、間。
「俺は賛成だ。世界樹にはわからないことが沢山あるが、だからこそ未知の世界を目指すことは俺の目的と一致する」
最初に口火を切ったのはノアだった。
唇の端を歪め、甘い顔に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべてノアは向き直る。
「俺は世界樹を経て自分の中で変わりゆくものが知りたい。命を掛け金にして、何が芽吹くのか見てみたくないか」
大きな瞳の中に輝く焔を湛えノアは机を叩く。
「君はどう思う、アポロ」
視線が一気にアポロへ集まる。数多くのギルドを知るアポロが何を言うのか皆注目していた。
「僕は……賛成する。今の僕に必要なのは収入だ。そのためならいつかあの樹海の先に行かないといけないと思っていた。ただ」
と、呼吸を置いてアポロは続ける。
「そうして財宝目的で挑んで失敗し多くの喪失をしたギルドも知っている。だから、僕らが挑むなら万全を尽くすべきだよ」
つまり、4人しかいない自分たちではいずれ不幸な結果が待っている。そう告げると男達は無言で仲間を見渡した。
張りつめた緊張の中、ディエゴはおずおずと手を挙げた。
「つまり、もう一人いればいいということだよね。僕らの他に」
「それだけの問題ではないけれど、そうなるね」
「彼女は……駄目なのかな」
三人に見えない戦慄が走った。この四人の中で『彼女』といえば指すのは一人。
オルドリンのことだ。
ノアはやってしまった、とばかりに愚弟の言葉に片手で頭を抱え、アポロは殺気立った無表情で凍り付いている。そして、ヨハネは冷たい美貌のまま乾いた視線をディエゴに送っている。
「彼女だって元は狩人だったと聞いているし、なによりあのままずっとじゃ……」
「ディエゴ」
アポロが立ち上がり、哀れみの瞳で呟いた。
「彼女は……オルドリンは怪我をしているんだ。毎日眠れないほどの。それに、彼女は目があまり見えていない。人のことが区別できていない。だから……戦力としては無理だ」
「勿論、僕はさっきも言ったように上層を目指すのは賛成だ。だけど、彼女を戦わせることは……止めて欲しい」
言葉のないディエゴに一瞥し、食堂を後にしようとするアポロの背に、ヨハネが投げかける。
「……彼女について、僕は見逃してはいるが快諾をしているわけではないよ、アポロ。彼女の身に危険が迫るなら、即刻解放してしかるべきところに引き渡すんだ」
「今は解放するより危険が少ない。言われなくてもその時が来たら外に出す」
一度も振り返らずアポロは自室への扉へ消えていった。

「蛙と硝子」2 R18